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日本で活躍する外国の仲間たち

2008年01月31日 01:41

日本で活躍する外国の仲間たち

今回は中国語、韓国語、日本語の3ヶ国語を話せる能力を発揮し、日本の社会で
活躍する『中国朝鮮族』のための無料情報誌を発行している文英花さんにお話を
伺いました。
カテゴリ名:外国人
どうして、中国朝鮮族の人のためのフリーペーパーの編集の仕事をするようになったのですか?

中国朝鮮族の情報誌-「ムジゲ(虹)」が創刊された直後、朝鮮族の雑誌だと聞き、自らアルバイトをしたいと雑誌社を訪問しました。当時は他の会社で勤めていたが、会社が休みの時は雑誌社に出てデザインと編集の仕事を手伝いました。しかし、残念なことに、半年後、休刊することになってしまいました。始めたばかりの雑誌がなくなってしまうのが悔しくて、どうしても続けたかったので、元の会社を辞め自分が発行者になり、ほそぼそと継続して発行していました。応援していただいた皆さんのご協力もあり、今月で発刊2年4ヶ月を迎えます。今では、独自の読者層を持ち、中国朝鮮族の社会への情報提供の媒体として認知されるようになって来ました。ハングルの無料情報誌は東京だけで30種類くらいありますが、「ムジゲ」は中国朝鮮族の情報誌ということでは唯一のものなんです。


--日本には中国朝鮮族の人たちはどれくらい住んでいますか?


80年代から来日した朝鮮族は現在5万人を超え、主に就学生、留学生、IT技術者や企業家などの立場で生活をしています。多くは最初に留学生か就学生として来日していますが、卒業すると大多数が日本企業に就職しています。



--中国朝鮮族の人たちは学校を卒業しても日本で就職するケースが多いそうですが、就職は難しくないですか?


中国朝鮮族は中国人とも韓国人とも日本人とも違う、小数派ゆえのバランス感覚と新しい環境に順応する能力を持っていると思います。『郷に入れば郷に従え』の考え方ですね。まずは相手に合わせないと中国語、韓国語、日本語が理解出来る能力も生かせませんからね。


そんな気持ちで生活をしているので日本企業にも受け入れてもらいやすいかも知れません。



--これからどんなことをしていきたいですか?


いま日本にはいくつかの中国朝鮮族の協会・団体があります。親睦目的を中心にする活動、ビジネス協会の交流イベント、就職説明会、運動会などのイベントも定期的に行われています。そこでボランティアをやりながら朝鮮族の成長のためのメディア的役割を果たしていけたらと思っています。


将来はもっと多くの人に読んでもらえるように、朝鮮族の多言語文化を生かし中国語・韓国語・日本語を使った多言語マガジンを製作したいですね。


「近くて遠い隣人」である中国、日本、韓国などをつなぐ相互交流と理解の架け橋になるのが私たち朝鮮族ではないかと信じて日本でがんばっていきたいですね。




文英花さんプロフィール


1999年の春来日。美術学校でグラフィックデザインを習い、卒業後日本企業で働き、いまは在日中国朝鮮族の情報誌を製作・発行している。自分の好きな言葉で好きな雑誌を作り、やりたい仕事をやっている今は最高に幸せを感じているそうだ。


在日朝鮮族情報誌 ムジゲ(虹)のURL




中国朝鮮族とは・・在日韓国人と同じように朝鮮半島にルーツを持つが、違うところは中華人民共和国が設立するとともに自動的に中国国籍を与えられ中国の少数民族となったところだ。人口は東北地区を中心に約200万人になり、朝鮮半島以外では最大級の朝鮮民族コミュニティーといえる。吉林省南部の延辺朝鮮族自治州(首府延吉市)に約80万人が集中して住んでおり、延吉市には、中国語と朝鮮語で教育する延辺大学も設置されている。
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 北東アジア時代、中国朝鮮族は選択されるのか

2008年01月29日 22:07

[社会] 北東アジア時代、中国朝鮮族は選択されるのか

在日中国朝鮮族学者・李鋼哲博士の研究と実践で




中国朝鮮族といえば、北東アジアのどの国でも看過できない存在として目立っているのが今日の現実だ。中国内では自分の自治州、自治県、自治郷を持ち、自らの文化を保有し、堂々と中国公民として住む朝鮮族が 200万余り、彼らは中国の抗日戦争、寒地の稲作普及と改革開放、特に韓国・日本を中心とした外資誘致と外資企業の発展に大きな寄与 をしており、韓国内で建設、 製造、サービス分野の労動力不足を身をもって補っている朝鮮族が 20万余り、そのうちには中韓文化交流と経済交流に大きく寄与する学者、経済人たちの比率が最近急速に増えている。 日本では留学生を中心として5万を数える中国朝鮮族が居住しており、日本社会の中・上層である学者、事業家、日本企業の中国・韓国担当職員を量産しており、 その活躍度は刮目に値する。ロシアや北朝鮮でも多くの中国朝鮮族が国境貿易の主役として活躍しており、現地投資を通じて 事業家として位置づけられる数が増えている。このような事実に、誰よりも先に深い関心を向けている人こそが、 在日中国朝鮮族学者・李鋼哲(45歳)博士。彼は最近、北東アジア経済協力を主たる研究課題として、日本の内閣府傘下 の政策研究機構であるNIRAの主任研究員として活躍しながら、北東アジアの経済協力時代に中国朝鮮族は自らの独特の多重文化の強みで北東アジアを越えて世界へ伸びてネットワークを形成しており、特に北東アジアの経済協力で活力元、媒介として重要な役目を果たしており、そういう役目は自覚的な努力が後に従う時より一層大きくなるという主張をして、これについての研究と朝鮮族のネットワーク構成の実践に渾身の努力をしている人物だ。

日本を通じて世界を見よう

李鋼哲氏は延辺出身の朝鮮族で、北京中央民族大学哲学部を卒業、北京市党教研究生院で党建設理論を専攻し、修士学位を 取得、中国労動関係学院に配置され、講師として労動運動に対する教学と研究活動に携わった。 しかしその時の教学、 学術環境と専攻分野の真正な学者になろうとする彼の夢との距離が大きかった。

8人兄弟の末っ子で、田舎で貧しい暮しだったが、中学校の時日本語を独学し、大学と大学院で英語とロシア語を勉強し、外 国の先進文明について印象が深かった彼は、視点を自由に学問をすることができる国外に向けはじめ、1991年悩んだ末に日本行きを断行した。 ‘日本を通じて世界を見よう’という考えからであった。 日本で彼は深夜のアルバイトをしながら日本語学校を経て、立教大学院に入学、経済学を専攻し、 1999年、遂に同大学大学院経済学研究科博士後期課程を終えた。

今年で日本生活 15年目、 その間彼は環日本海総合研究機構 INAS 主任研究員、東アジア総研主任研究員、研究理事、東京財団研究員、秋田経済法科大学講師、名古屋大学所属国際経済動態研究センター外国研究員を経て今日の日本政府内 閣府傘下の総合研究開発機構 NIRAの主任研究員職に上り、日本学界の水面上に浮上するに至った。 NIRAは 1974年に設立、 政策志向的な総合研究に携わった歴史が 30年余りで、この 30年来初めて招聘された外国研究員こそが中国延辺出身の朝鮮族 学者・李鋼哲氏だ。

彼はまた中国延辺大学北東アジア研究員客員教授、南開大学日本研究員客員教授、黒龍江大学客員教授など国内の大学教授を兼職しており、新世紀アジア人開発研究センターを主催しているかと思えば、中国朝鮮族研究会を設立し、会長として活躍 していたりする。在日本中国朝鮮族学者として中日韓の 3ヶ国語の駆使能力がわだかまりないことはもちろん、英語、ロシ ア語も上手に掌握しており、現在はモンゴル語を学んでいるという李鋼哲博士。 彼は自分の多重言語の強みと弛まぬ努力で徐 々に北東アジアの通才として北東アジア地域発展のために独特の寄与をしている。

北東アジアの協力は時代的必然

1999年、韓国大統領・金大中の提議でアジアン+3 会議期間中日韓の頂上会談を開いてから、毎年 11月になると中日韓の首脳が 定期的に会同して 3国間の経済協力問題を探求し始め、3国首脳会議の提案の下に 2000年からは 3国のブレインが共同研究で経済協力に関する報告書及び政策提言を始め、 各国の首脳たちが選択、採用することで北東アジアの経済協力と区域合作の歩 みを推進している。

NIRAは毎年、日本の首相に3国合作と北東アジア区域の合作報告書を提出するが、その研究成果の一部分は北東アジア区域発展 の現実に転換されており、その中には李鋼哲博士の心血が多分に込められている。

李鋼哲博士は自分の特殊な地縁、血縁、 国籍の身分から出発して、早くから北東アジア地域の合作交流と協力発展に濃厚な興趣を持っており、立教大学時代に彼が選定した研究課題も豆満江地域開発計画だった。 その時、彼の指導教師を含む周辺の人たちは彼の研究課題がとても偏狭で現実的意義がないと思った。. しかし地球一体化の加速は東北アジア地域総合発展問題を時代の前列に押し出し、彼に才能を発揮する舞台を用意した。 彼は早くから北東アジア時代の到来を見越し、北東アジア各国の政治経済に対する研究に精進、2002年度、環日本海総合研究機構主任研究員として在職当時、東京財団の協賛で ‘東北アジア開発銀行創設研究報告’を主導して小泉首相に政策建議書を提出した事があり、2003年、NIRAに入ってからは続いて東北アジア遠境企画課題を企画、研究に参加し、北東アジア各国を踏査、特に中国琿春と北朝鮮羅先地区を中心とする図們江開発地域 を考察し、詳細な現地調査報告を作成、引き続き韓国とモンゴルを訪問してオーストリアへ行き、UN工業開発計画書(UNIDO) で 主催した図們江開発に関する専門家フォーラムに参加したりするなど、旺盛な学術活動を展開。数多くの独特で建設的な学術主 張を発行しながら徐々に北東アジア地域協力関連専門家として各国に知られ始めた。 現在、 NIRAは既に中国国務院発展中心 (DRC)、韓国対外エコノミックスポリシー研究員(KIEP)と共に共同研究専門家チームを構成、北東アジア協力と中日韓3国 FTA 稼動のための政策提案に注力しており、李鋼哲はこれに参加して去年、自動車、電子、農業の3大領域で中日漢方医 FTA稼動を 北東アジア経済合作の核心モデルとして研究しはじめ、既に重大な進展を見ていると言う。

学術活動の外にも彼は、自分の学術主張を北東アジア各国の言論を通じて広く知らせることで、北東アジア地域協力の実質的な推進のための世論環境造成にもことさら気を使った。 彼は日本と韓国のメディアへの寄稿を通じて、冷戦終結後の北東アジア協力の時代的必然性を力説する一方、日本の対北朝鮮政策上、孤立よりは共同開発が日本にも有利だという主張、北東アジアの 協力開発では韓国が主役にならなければならないという主張を打出し、 中国脅威論よりは日中協力論を鼓吹した。 また日本が中 国の東北大開発に参加して、北東アジア経済協力に積極的に寄与することを勧める。もちろんここには自分の族属、自分の祖国 のために自分の方式どおりの寄与をしたいという気持ちも大きいだろう。現在、朝日新聞は、李鋼哲博士を東北アジア専門家の 代表者として認定、オピニオン欄の常連として据えている。

中国朝鮮族、北東アジア協力時代の重役に

90年代以後、東北アジアの国際環境は急速に変化し始め、特に中国の改革開放と市場経済の加速化は、中国朝鮮族社会に大き な影響を及ぼした。彼らは中国沿海地域に大挙移動した上、海を越えて韓国、日本をはじめ世界各国に伸張しはじめた。 これは新中国の朝鮮族の歴史上 50年代から 60年代の間に発生した、北朝鮮への 20万人余りの帰還の後、2度目の大移動であり、 1回目の移動の目的が政治的迫害の回避と暮らしのなら、2回目の移動はより良い生活のための経済志向的目的と見られる。

日本にいる朝鮮族は 3~4万名。 李鋼哲博士が中国朝鮮族に対して関心を持って研究を始めるようになったのは、まさしく在日朝鮮族の活躍を目撃しながらだった。 彼らは留学生、学者、IT技術者、会社員、教育研修者、産業労動者、サービス従事者、投資経営者などさまざまな身分で日本の様々な分野で活躍している。 彼らは自分の個人の生存、発展のために各々熱心に奮闘しているだけでなく、次第に民族、そして出身国次元で集まりを成しはじめ、在日中国朝鮮族の群体として自覚的なネットワークを構成、相互協力と自分の群体の発展方向について研究し始める。

李鋼哲博士はこのような現象にことさら興味を持って研究を始めた。 彼は中国国内の朝鮮族の対内外大移動とその影響に対する 幅広い考察と韓国、日本など海外に進出した中国朝鮮族に対する密着的な観察分析を経て、民族の大移動による世界的なコリアンネットワークの形成に注目するようになり、このようなネットワークを土台として中国朝鮮族の固有の二重、三重言語文化の強みを充分に発揮すれば、北東アジア協力時代の今日の活力素と橋梁の役割が果たせるだろうと判断する。

彼は 1995年に設立された在日中国朝鮮族の最初の交流団体である天池協会副会長として活躍しながら、在日朝鮮族の交流、協力、共同発展をはかるために力を傾け、引き続き中国朝鮮族研究会を発足させて新世紀アジア人開発センターを設立、朝鮮族を課題として本格的な研究開発事業に身を投じる。 2001年、彼は第1回在日朝鮮族国際シンポジウムを企画主催し、初めて在日朝鮮族の実態を全面把握し、存在する問題点を点検、今後の発展全景について探求した。 特に今度のシンポジウムは、その時まで日本社会でよく分からなかった中国朝鮮族の群体の存在とその価値を認識させる上で大きな成果をあげたと言う。彼は今、第2回在日朝鮮族国際シンポジウムを年内に開催する計画だという。

彼はまた、活発な学術発表と言論媒体インタビュー、寄稿を通じて、中国朝鮮族の文化多重性の強みと、彼らの活発な国際的活動で成り立つネットワークの強みを認知させ、東北アジア協力という特殊な時代に迎えた彼らの位置を定立させ、彼らの独特の価値を確認させる作業に出ている。

彼は北東アジア地域の交流と協力に対する朝鮮族の役目を、南北統一の過程で文化の中継と市場をリンクする役割、 北東アジ ア多国間の経済文化交流での一人多役の媒介機能、頻繁な越境性による北東アジア地域のボーダーレス化など 3つの大きな流 れに分類し、このような時代的認識は自分の克服を要すると指摘、越境民族としての流動性、短期性、依存性などの弱みを乗 り越えるだけで、中国朝鮮族は自らの優越性と潜在力が充分に発揮できるし、適切に北東アジア時代の主役にならなければな らないと主張する。

コリアンネットワークの造成も、やはり彼が重点的に推進する作業の一つだ。 彼は今まで在日朝鮮族のネットワークの形成 に力をつくして来たし在韓朝鮮族ネットワーク、世界各国に出ている朝鮮族のネットワーク、中国内沿海地域進出の朝鮮族 ネットワークをそれぞれ形成した後、彼らをまた一つの統合ネットワークに組み合わせる作業に取り掛かっていると言う。

遜色の無いアジア人として、そして中国朝鮮族出身として熱心に走っている李鋼哲博士の歩みによって、北東アジアの協力と 中国朝鮮族の復興は徐々に輪郭が現れているのだろうか?      

(黒龍江新聞 ハン・グァンチョン記者 2005年8月17日)

姜尚中氏が語る『愛国の作法』

2008年01月29日 22:06

姜尚中氏が語る『愛国の作法』
市民記者とディスカッション




(撮影者:OhmyNews)
声高に愛国心教育が叫ばれるなかで、「愛」と「国」のそもそも論に挑む『愛国の作法』(朝日新書)を刊行した政治学者・姜尚中氏が24日、オーマイニュー スを訪れ、編集部と20代の市民記者4人の取材に応じた。執筆の動機には「品格とか美しいとか、あまりにも中身のない言葉が氾濫(はんらん)していること への違和感があった」と背景を語った(一問一答の詳細は後日掲載します)。


■きっかけは「愛国心」■

――『愛国の作法』は今月、朝日新聞社が創刊した「朝日新書」の刊行第1号となっている。もともとは編集者側が憲法改正についての執筆をもちかけ てきたが、姜氏から「国の愛し方か、愛国の作法というのはどうですか」と逆提案、「『国家の品格』(藤原正彦著・新潮新書)も売れているし、いいじゃない か」と話が決まった。

「愛国心について書いてみたいと思った理由は、大きく4つあります。まず、このままでは『愛国』という言葉が特定の、はっきり言えば右側の人々 の専売特許になってしまうという恐れがあったこと。『愛国』という言葉の内実を問いただし、特定のイデオロギー論を論じる人々を達観しないと、『平和』や 『人権』という言葉が力を持たなくなると考えました」

「2つ目は、問題山積のイラク戦争をどう見るかということ。大量破壊兵器国連査察団の人を東京大学の授業に呼んで講演してもらったときに、『自 分はパトリオット(愛国者)だ。愛国だから反戦なのだ』と発言されていたのが非常に印象に残っていたのです。3点目が、こうした問題を『在日』である自分 が書くことの意義ですね」

「最後に、今、必要とされている『愛国』という言葉も、いつか役割を終えるということがありました。そのときに、北朝鮮問題を含めた東北アジアの姿が見えてくるのではないか、『愛国』という言葉の彼方(かなた)に、ある種の地域主義の姿が示されるのではないかと思ったのです」

(撮影者:OhmyNews)
―― 同書では、愛国論の前に「愛するということ」や「国というもの」について正面から論じている。また、カバー折にある「『改革』で政府によって打ち捨てられ た『負け組』の人々ほど、『愛国』に癒やしを求めるのはなぜか」という1文では、愛郷心と愛国心を混同し、反中・反韓の排他主義に傾く現代社会の病理も指 摘している。

「『愛国心』というわりに、愛するということが論じられていないから、きちっと書いておこうと思いました。『品格』とか『美しい国』とか、あまりにも中身のない言葉が氾濫していますが、僕は“そもそも論”をやりたかった。そうした中身のない言葉を比較的無理なく受け止めている人たちの内側にあるものは何なのかと思ったのです」

――国の愛し方について丹念に掘り下げた同書だが、愛国心を教科書的に定義しているわけではない。「これは『私の国の愛し方』について書いた本。 この『私の』という点にこだわった」と姜氏は語る。実際、五輪招致をめぐって石原慎太郎・東京都知事から「怪しげな外国人」呼ばわりされた経験は、しっか りと本書のあとがきに引用している。

また、本書にたびたび登場する安倍総理の論文『美しい国』については、あえて著者名を割愛し、「美しい国の著者」と遠回しに表現することで批判も込めたという。


■核拡散抑止に日本が果たすべき役割■

――大学で国際政治などを専攻していたという市民記者から、姜氏が学生のころの政治思想へのスタンスや歴史認識についての質問があった。また、同書にある「戦争の総括が成されていない」という下りについての質問に対しては北朝鮮の核問題に言及した。

「実際に戦争の歴史を総括するのは非常に難しい。しかし、靖国問題がなぜここまでこじれたのかは、結局は東京裁判の総括が戦後、成されていないという問題に帰着します。戦後復興をスムーズに実施するために、進駐軍と一種のコラボレーションがはかられ、結局、深く議論されることはなかった。満州の植民地化、沖縄問題、アジア諸国が受けた被害、天皇訴追、原爆も同様の問題です」

「現在、被爆国として核が持つ害悪を米国に知らせる義務が日本にはあるのに、日本はその義務を果たしていません。日本は米国による核の傘の下にあり、その一方で広島・長崎の過去がある。その立場から、核兵器の危険について世界へ知らせる義務があるのです」


■オーマイニュースの進む道■

(撮影者:OhmyNews)
―― 最後に、韓国発のオーマイニュースが日本で発展する可能性について話題になった。韓国と日本のメディアの違いとして、韓国では新聞への信頼性が低く、それ がインターネットを発展させる背景になったと言われている。だが、日本ではそれが逆の状況にあるとして、「韓国のオーマイニュースと同じことをしていては ダメだろう」と姜氏は指摘した。

「ただ、日本では新聞への信頼性はあっても現実に読まれていないという状況があり、日本のオーマイニュースは踏み込んでいけるのではないか。市民記者ともオンラインだけでなく、こういった顔を合わせるオフラインのつながりを充実させていくことが大切だと思う」


<姜尚中(カン・サンジュン)氏>
政治学者、東京大学大学院情報学環教授。1950年、熊本県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。著書に『ナショナリズム』『在日』など。


オーマイニュースより


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